9 12月

「あきらめるという『時』は刻まない。明日を信じて今に生きる『特別な時』を刻む。」

各々、『時』の意味は違えども、何人にも『時』は平等に刻まれ過ぎていく。
いよいよ12月にはいった。我々は2013年から2014年への区切りとなる今年最後の残り少ない日々にある。
『今』という『時』は平等に与えられているが、「現実」という『時』が平等であったのか、各々、「荊の道」もあったのではなかろうか。
しかし、『今』という『時(=ギリシャ語:クロノス)=時計で図ることができる時)』を大切に刻んで続く明日への『特別な時(=ギリシャ語:カイロス)=ここぞというチャンス)』を信じて、生きるをつらぬく我々であったと私は信じる。たとえ、荊の足跡がのころうとも、新しく創世される明日への足跡を信じて歩む日々は、『時』という区切りを超えて『特別な時』となり、とこしえに続く。

参考:神学者パウル・ティリッヒは、「カイロス=成就の時」という意味として捉えていると言われている。